絶世の美女、楊貴妃の後を受けて登場するのはこれまた 何をあろうことか、海賊として教科書にも必ず出てくる倭寇(わ・こう)。 それもその頭目の、王直です。 先ずは、倭寇という言葉の元を辿ると・・・・ ⇒ 倭寇という言葉は、 一般には日本人の海賊集団として知られていますが、実は倭寇という 呼称は中国側の言い方で、実際に倭寇を支配していたのは中国人 でした。 中国人、韓国人、日本人の国際的な密貿易をする集団を指して呼んだ 言葉です。「倭寇」の「倭」は日本のことです。中国では古くから日本人の ことを「倭人」と呼んでいました。「倭」とは「従う」とか「従順」といった意味で、 「寇」は、徒党を組んで害を加える賊という意味です。 しかし内実は海賊というよりも明の商人の私貿易というべきものでした。 それが何故海賊とすり替ったかといいますと ・・・・ 当時明の王朝は政府の 許可証を持たない貿易船をすべて不法とみなして取り締まろうとしたのです。 それで明の商船も武装して抵抗したのです。 倭寇は、13世紀(元末)から16世紀半ば(明の最盛期)にかけて大活躍 しました。元の末から明の初めにかけては朝鮮半島や華北の沿岸地方が 活躍の舞台でした。明の半ば以降は浙江省や福建省泉州周辺の商人が 貿易のために大挙して日本にやってきました。 当時の日本は室町幕府から戦国大名の時代に移ったころです。 王直は安徽省出身の商人で、任侠謀略に富み、日本を始めとして ルソン、タイ、北ベトナム等と私貿易を行い、日本の貿易商とも 親交がありました。後に、平戸(熊本)の豪商松浦氏が王直を迎え入れました。 王直は平戸に中国風の邸宅をかまえて、倭寇の中心人物として 大活躍したといわれています。 梔子花(zhizihua、チーヅホア) 記 |